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ヒロシ ナカハラ展 (時間の結晶) 1988.9.12-9.24 (ギャラリー現)
 

 

「時間の結晶」
それは好きなものに自分が近づきたいと思った時に、すでに廻りはじめてる。
否、好きになった瞬間から廻りはじめてる。
ぼくの作ったものが机の上や、床や台のいたるところに転がってたり、
ぼくの描いたもの達が、壁のいたるところにピンナップされているのを、まるで
偶然に、又始めからいつのまにか存在していたかの様に眺める時、例えばそれは
東京駅で新幹線に乗る時、港に船が浮かぶのを見る時、そして飛行機に乗り合わ
せた時等、その物達を誰かが作ったというよりも、何かの形ですでに存在してい
る様に感じられる時に似ている。
何かがあって何かが作られる、何かがあって何かが壊される。ぼくにとって想像
の中では長い間生きている。けれども存在するのは今だけなんだと思える。
長い時間をくぐりぬけてきて、今静止しているらしい巨大な時間がいつもいつも
ぼくの周りに横たわっている気がする。見えない所で何かが大きく広がってる。
誰にも計りきれない時間というものが確かに存在しあり続けている。
そして決して過ぎることなく静かに息をしている。止まっているけれども確かに
動いてもいる。
ぼくはある時その存在に気付いた。確かに見た様な気もするし、まだ見ていない
のかも知れないが、今はその物達に向き合っている。
時計の針は時を刻み、ぼくの肉体は日に日に変化しているにもかかわらず、時間
だけは静かに在り続けてる。ぼくがどんなことをしても後戻りできない様に、そ
の姿も変化を見せてくれない。
時間(感情)に形があって目にすることが出来るとすれば、きっとこんな風なも
のだろうと思うことがある。何かの折に見える気がするが次の瞬間には消えてし
まっているけれど。
記憶、暗やみの中、何かを見つめ、何かをかんじた。いつも何かに動かされ、
操られ、何かに欲望する自分がいて、あらゆる場所を巡ってみたけれど、ぼくの
本当に探しているのは、ほんの身近な所に存在していたんだと。

08/09/88

 
 
 

photo: 紀 善久
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